特集

エネルギー関連施設の見学レポートや各分野でご活躍の方へのインタビューなど、多彩な活動を紹介します

北陸(石川)地域メンバー懇談会
能登半島に暮らす女性たちと考えるエネルギー 

1990年に40名で発足したETTは、日本全国に暮らす幅広い分野のメンバー151名(2020年10月26日現在)で構成されています。2020年に設立30年を迎えるにあたり、神津カンナ代表が各地域を訪問し、メンバーの皆さまとともに地域のエネルギーの歴史や課題などを議論・意見交換する懇談会を計画しました。2020年10月25日、その第1回目となる北陸(石川)地域メンバー懇談会を開催しました。



秋本和美氏(野々市市在住)  フリーアナウンサー
小林良子氏(七尾市在住)   エッセイスト、石川県文芸協会理事
長谷川由美子氏(中能登町在住)石川エネの会 のと代表
吉村佳美氏(金沢市在住)   フリーライター

原子力・火力発電所を受け入れてきた歴史

神津 ETTのメンバーは北海道から九州まで網羅していますが、東京に集まりにくい方もおられるので、こちらから押しかけて昔の話や現状の問題など、ふだん聞けない話を伺うのも手なのでないかと考えました。また、地域へ実際に行くことで、土地特有の雰囲気やエネルギー事情がわかることもあると思います。石川県は縦に長く、中央に山脈があり、日本列島に似ているのでここから始めようと思いました。まずはETT初期からのメンバーである小林さんから順にお話いただけますでしょうか。

小林 評論家の高原須美子先生(ETT初代代表)に出会ったのは1973年の夏、第10回ジョンソン奥様使節団(団長秋山ちえ子氏)のメンバーとして渡米した時です。優秀なメンバー15人に劣等感に苛まれた私に、睡眠薬をくださったのがきっかけです。その後、七尾商工会議所の講演会にお招きして2日随行し、先生のスカッとした考え方に田舎者の私はしばしば返事に窮する始末です。その直後、企画庁長官に就任され、退任後「ETT」を立ち上げられ「北陸では小林さんしか知らない」とおっしゃったとかで、北陸電力の戸澗氏に誘われて入会しました。
金沢に電灯がついたのは明治33年、七尾は42年。特に能登の隅々まで灯りを届ける電気架設は困難を極め、挫折を繰り返しましたが、今は空気と同じ感覚で消費しています。ここで「エネルギーを考える」ことに新鮮さを感じました。

長谷川 保育士を退職した頃、「皆でエネルギーのことを話し合うのよ」と友人に誘ってもらったのが発端で、「石川エネの会/のと」に2011年に入会しました。その後は、運営委員として活動し、2019年代表に就任させていただき、それを機会にETTのメンバーにも入会しました。
代表として今年は心新たに第一歩をと思っていたところコロナに見舞われ、計画倒れになってしまいとても残念に思っております。

吉村 30年位前に新聞記者をしていて、七尾に赴任した時にご近所だった小林先生とご縁ができました。金沢に帰ってからも「あなたもこれからは勉強しなきゃ」と、1999年にETTにお誘いいただきました。

秋本 実家が和倉温泉から車で約15分の志賀町にあります。志賀原子力発電所の話は小さい頃から何となく聞いていましたが子どもでしたのでよくわからず、そのうち送電線が引かれ道路が広く綺麗になっていきました。アナウンサーとして北陸電力の仕事をした中で、ETTのシンポジウムに呼ばれて消費者目線で2回お話する機会をいただいたことをきっかけに、2003年、ETTに入会しました。

小林 発足の頃、金沢市でシンポジウムが開催され、全内容が録画され、放映されたように思います。その後、数年おきに、七尾市、内灘町、再度金沢市でメンバーの企画、運営で開催しました。この活動を通して、著名な先生との交流が思いがけない視野の広がりに繋がりました。異文化に触発されることも、「能登は優しや土までも」と言われる能登の人には必要なことだと思います。

神津 石川県は歴史がある土地ですし、富山県には北陸電力の本社があり、福井県は半分が関西電力の管轄です。北陸の中にもさまざまな地域差があるのでしょうか。

吉村 石川県は金沢前田家のDNAを受け継いでいる気がします。福井県とは全く別文化という考えですし、福井県と富山県も少し違います。富山県は東西に文化圏も経済圏も分かれていて、高岡までは石川県らしい感じです。

小林 能登は金沢と一緒で石川県文化です。金沢の人はやさしい。

吉村 能登の人は金沢よりさらに奥ゆかしいです。「北陸3県」と言いますが、地域によって持っているものが全然違います。

秋本 石川県の中でも言葉や風習が違いますよ。

神津 なるほど。だから「石川エネの会」も、「のと」「かなざわ」「かが」の3つに分かれているのですね。ところで秋本さんは志賀町のご出身ですが、原子力発電所ができることについて町ではどのように受け止められていましたか?

秋本 今、北海道で起きている高レベル放射性廃棄物の最終処分場を巡る状況のように、まず町長が手を上げたのだと思うのですが、苦渋の選択だったと聞いています。母が「当時の町長さんは本当に苦労された」と言っていたのを覚えています。町の中は賛成派と反対派に分かれていました。家の中でもそういう話が出たと思いますが、気がついたら緊急放送のスピーカーがあったという記憶です。

小林 当時、私は社会教育指導員で、地域婦人会活動や婦人学級、ボランティアなどに関わっていましたが、私たちの意見を聞き、どんな質問にも一生懸命答えていた北陸電力地域課の方々が、今も目に浮かびます。

吉村 高校時代、知り合いから「あんなものができたらもう漁師はだめになる」と漁師の親がぼやき続けていると聞き、そんなたいへんなものがつくられようとしているのかなと思いましたが、その時は興味がありませんでした。漁業関係者には死活問題だったのだろうと今では思います。新聞記者になった時には発電所はすでに建設中だったので、進捗状況の見学をして記事に書きました。

小林 漁業補償のお金をもらえた人ともらえなかった人の心情も複雑でした。私が原子力発電所に賛成しているのはおかしいと、家に上がり込む人もいて戸惑ったこともありました。また、七尾火力発電所が建てば「七尾が栄える」「公害だ」「海は渡せない」と対立した反対運動もありましたが、これからの生活に電力の必要性をどこかで認め合っていたのだと思います。

神津 そうですね。ETTで見学に行った時、美しい木曽の山に崩れ落ちんばかりに太陽光パネルが並んでいるひどい光景を見ました。エネルギーは何に限らずどこか悪者、面倒くさいものになる面もあるのですね。宿命でしょうか。


■石川県市町村地図■北陸電力 供給設備の概要(2020年3月31日現在)


さまざまな情報に触れ、正しい知識を持ち、自分で理解する

神津 3.11やコロナ以降、エネルギーについて考え方に変化はありましたか?

吉村 エネルギー問題は先を見据えて考えなくてはいけないと思いますが、コロナで経済が元通りになるのは数年かかると言われる先が見通せない今、今まで進めていたエネルギー改革はどうなっていくのだろうと心配になります。

秋本 東日本大震災以降、ベストミックスの考え方も止まっていますし、コロナ以降は福島のことも忘れられている感じがします。

長谷川 家が中能登にあり、志賀原子力発電所から30km圏内なのです。3.11以降、安全強化策を施した発電所や防波堤を見学し、金沢などへバスで避難する訓練にも参加しましたが、「そんなに怖いものだったの? いざという時にバスは走れるの?」と、安心とは逆に恐怖心が植え付けられた感じがしました。私は、再生可能エネルギーだけでは電気はまかないきれないので、今ある原子力発電所も安全を考えた上でうまく取り入れれば良いのではないか、今あるものを全部やめる必要は無いと考えています。

神津 少し勉強すれば、いま、再生可能エネルギーだけで電力はまかなえないとわかると思うのですが、そこまで考えていない人が多いのでしょうか?

秋本 再生可能エネルギーについて発言する人の方が声は大きいですし、文化人らしく見えます。原子力が必要だと口に出す人はあまりいませんね。

吉村 主婦をターゲットに「放射線 本当の話」というテーマを考えて記事を書く機会があったのですが、放射線の影響についても知ったほうが理解が深まると思って書いた原稿が大幅に削られ、放射線は自然からも出ているといった当たり触りの無い内容になってしまいました。情報を出す側が怖がっているのではないでしょうか。

小林 昔、ETTで講義をお願いした男性に「女性にエネルギーの話をしても、好き嫌いの感情論になる」と言われ、女性のことを理解していないと思ったことがあります。放射線の話をバンと出して、放射線の平和利用にも言及したいですね。

長谷川 私は「本当の話」を聞きたいという思いがあります。女性であれ男性であれ変に怖がらず、正しい知識を持つことが大切だと思います。いろいろな情報を入れて、風評に寄らず、しっかり自分で理解することが大事です。

神津 コロナの報道を見ていると、医学の専門家は重要だけれど、彼らだけで物事を決めるのは問題だと言う人もいます。もちろん放射線に関しては専門家が必要ですが、全体の施策を考える時に専門家だけでは手薄になると感じざるをえません。皆さんは全体的な日本のエネルギー政策について思うことはありますか?

小林 安全と思われている太陽光発電や風力発電も、装置が壊れるリスクがありますよ。あと小泉環境大臣が、石炭火力発電所の新たな輸出の支援条件を厳しくする方針を表明しましたが、日本の先進的な石炭火力の技術を途上国へ輸出することによって、地球全体のCO2を減らせると思うのですが…。

吉村 新たに火力発電所をつくるのはとんでもないと言われますが、ETTで横須賀火力発電所を見学した時、新しい技術を使ってクリーンな火力発電は可能であると私たちは勉強して知りました。そういうことが表にあまり出ないのが不思議ですし、火力=CO2がボンボン出るというイメージをマスコミもたき付けているように見えます。

神津 東海発電所の廃止措置で発生したクリアランスレベルの撤去物は発電所内のベンチにしか再利用されていませんが、諸外国では大きな声で言わないものの、有名メーカーの鍋の鉄板や車体などに使って販売されているそうです。日本では全体的なムードがことなかれ主義に向いているのではないでしょうか。また、エネルギーについて皆で討議する場、勉強できる場が少ない気もしています。

吉村 何か場をつくろうとしても、元々興味のある人しか来ません。小中学校からエネルギー教育として、私たちがふだん使う電気がどうつくられるか、そのメリットとデメリット、日本や世界の状況などをもっと伝えていくことが大切ではないでしょうか。電気はいつでもつくれるし何とかなっていると思われがちなので、停電が起きてたいへんな事態に直面しないとエネルギーについて考えないのが悩ましいところです。

秋本 小学校では、このくらい工夫するとごみが削減されるというエコの取り組みや環境問題については学びますが、そこ止まりではないでしょうか。

コロナ禍に考えたい身近なエネルギー問題

秋本 そもそもETTはどのような目的で設立されたのでしょうか?

神津 私は3代目の代表ですが、最初は、「女性は生活をしている人間なのにエネルギーを知らなさ過ぎるので、もっと勉強する会をつくったほうが良い」と、底上げしようという考えの元に始まりました。皆さんが今後、勉強したいテーマは何ですか?

長谷川 「石川エネの会/のと」は原点に戻り、エコについて自分ができることはないか考えたいと思います。豊かな海を守りたいという能登に暮らす者としての思いもありますが、「捨てればごみ、分別すれば資源」という意識で、ごみを減らしていく活動をしたいです。エアコンの温度、使い捨てのスプーンなどについてもその裏には多くのエネルギーが浪費されています。いま一度「エネルギーを使っているとわかっている? もう少し考えてできない?」と、問いかけていきたいです。

小林 コロナ禍で一人で買い物に行っているのに、家庭ごみが多くなっています。会社で廃棄物の量を計算している娘に「自粛でごみも減ったでしょ?」と聞くと「反対。ごみの量が増えている」と言う。なぜごみが増えるのかを考えるのも大事なことです。

秋本 エアコンを付けながら戸や窓を開ける。仕方が無いのかも知れませんが矛盾を感じもっと工夫できることはないのかなと思います。今はマイクも1回使うたびに取り換えて拭いていますが、そういった行為は日本の国民性という感じもします。

吉村 通っている英会話教室では、感染予防対策で窓を全開にして、28℃の暖房を入れています。暑いのか寒いのか、不思議な感覚になります。

神津 夏、タクシーも窓を開けてエアコンを付けていました。家でも冷房を付けて窓を開けていました。冬はどうなることか。確かにエネルギーを浪費していることになりますね。これからのテーマは「コロナとエネルギー」ですね。

秋本 ETTに参加するといつも最新の情報を学ばせていただいていると思います。今解決したいのはコロナ禍でのエネルギーですが、今後は勉強したいことはこれまでに無い新しいエネルギー技術です。ETTは神津代表が就任してから講師の方がより多彩になったと感じていますが、何かお考えがあってのことでしょうか?

神津 いつも言っていることですが、右か左か賛成か反対かをすでに決めている人は自分側の話しか聞く耳を持たないので、大多数の真ん中の人が物事をしっかり考えられるような話ができる方にお話しいただければと考えています。その後は置かれている地域や家庭環境などそれぞれ違いますから、どのように考えるかは各自にまかせたいと思っています。今日はありがとうございました。


対談を終えて

今年の9月、ETTは創立30年を迎えた。30年を迎えるに当たって、少し振り返りの事業をしたいと思い、出版物と事業とで、できる範囲内の「何か」を考えた。いわゆる出版物の範疇では、簡単にETTの歴史を振り返られるような冊子の作成。そして事業としては、各地へ訪問してのメンバーとの座談会を催そうということになった。

ETTメンバーは日本各地にいらっしゃる。中には高齢の方もいらっしゃるので、さまざまな施設への見学会や東京で行われる勉強会、会議などに参加が叶わない方もおられること、またさまざまなご事情で参加ができない方や、新しくメンバーになったけれど、なかなか顔を出せない方などがいらっしゃることを考え、こちらからお訪ねし、置かれた地域の事情、昔の思い出、現状などをお聞きしたいと思ったのである。しかし今年は新型コロナウイルスの蔓延で集会も思うに任せず、第1回目の座談会がやっと11月になって催すことができた。その皮切りとして北陸、石川県にお邪魔させていただいた。もちろん様々な感染予防対策はした上のことだが、このようなコロナ禍のさなかに催させていただいたことに対して、事務局一堂は大変感謝している。

座談会の中にも出てくるが、石川県は北陸電力本社がある富山県、半分が関西電力管内となっている福井県の真ん中にある、歴史ある県だ。今回は長いことメンバーとして活躍なさっている七尾市の小林良子さんを囲んでの座談会だったが、初めて聞く話も多く、まさにエネルギー問題を「生活者」の視点で捉えようとしたETTの背骨が見えるように思った。今でこそSNSの発達で家に居ながらにしてさまざまなことができるが、寝っころがりながら、いつでも暮らしの合間に……ではなく、必死に時間を作って会に参加したことが分かる。リモートの手軽さもSNS発信の良さも感じる昨今だが、それゆえに失われてしまうこと、見過ごしてしまうことも多いと痛切に感じた。ETTの30年の歴史と共に、新しく訪れる「ポストコロナ」「アフターコロナ」のありようを考えさせられたひとときだった。

神津 カンナ

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