経団連会館とZoomによるオンライン参加のハイブリッド型で開催したメンバー会議では、2022年度の活動および2023年度活動計画(案)について報告後、興梠一郎氏(神田外語大学教授)による講演「いま中国で何が起きているのか?~『習近平体制』の現状と課題」を行いました。
中国問題というと、最近は、きな臭い話が増えています。
経済と安全保障が切り離せなくなり、ビジネスにも影響が出始めています。
中国で3月、日本の製薬大手の社員がスパイ容疑で拘束される事件が発生しました。2014年に「反スパイ法」が制定されて以来、中国では日本人がスパイ行為に関わったとして相次いで拘束される事態が発生しています。
日本からすぐに林外務大臣が中国に向かいました。当初は5月連休中の予定だったのが、邦人釈放を求めるため、訪中を早めたと報じられました。 それは、中国側もわかっていたはずですが、会談に関する中国側の発表をみると、関心は、「半導体」でした。その発表のポイントをまとめるとこうなります。
・アメリカは、日本をいじめて半導体産業に残酷な圧力を加え、いまは中国に同じ手を使おうとしています。
・自分がしてほしくないことは、人にすべきではありません。
・日本にはその切実な苦しみがまだあるのだから、悪人の手先になって悪事を働くべきではありません。
つまり、この件が一番気になっているということです。
昨年、アメリカのバイデン大統領が先端半導体の対中輸出規制策を発表し、オランダ、日本にも歩調をそろえるよう求めていました。
それを受け、日本は輸出規制を実施する方針を打ち出し、 中国は反発していました。そして政府が高性能な23品目の半導体製造装置の輸出規制を行うことが明らかになったのが3月31日です。
日本としては、邦人を釈放させたいが、かといって輸出規制をやめるわけにもいかない。まさにビジネスと安全保障が交錯した状況です。
外相会談後、中国側は、李強首相も出てきて会談しましたが、ここでもまたサプライチェーンの問題が持ち出されました。中国側の発表では、その会談のポイントはこうなります。
・歴史と台湾等の重大な原則問題は、両国関係の政治的基礎にかかわります。
・日本が引き続き中国との協力を深め、中国経済の発展の利益をともに享受し、両国の相互利益と協力のあらたな一章を描くことを歓迎します。
・両国が自由貿易を維持し、多国間主義を実行し、地域の一体化を推進し、安定してスムーズな産業サプライチェーンを守ることを期待します。
これを見てもわかるように、いまや経済交流だけで関係が改善する時代は終わりました。米中対立、台湾問題、安全保障など、日中関係をとりまく状況は複雑になっています。ビジネスと安全保障の矛盾は、深まるばかりです。
中国にとっては、アメリカが最も気になる存在です。中国外交は、アメリカにどう対応するか、それがメインテーマです。それによって他国との関係も決まります。たとえば、拘束事件が起きた3月末、中国共産党中央機関紙「人民日報」の1面は、スペイン、マレーシア、シンガポールの首相と習近平主席との会談の記事が掲載されていましたが、2面を見ると、共産党序列2位から4位まで、総出で会談していることがわかります。アメリカ以外の国々を取り込む戦略を全面に打ち出しているのです。
中東外交も活発です。3月には、イランとサウジアラビアの国交回復合意を仲裁したと報じられました。アメリカができない仲裁をして影響力を高めようとしています。中国にとっては、「すき間」です。それは、エネルギー確保にもつながります。
中国は、ロシアとウクライナの仲裁にも関心を示しています。
米けん制のためにロシアと組んでいますが、ウクライナとも関係を維持しようとしています。もともと中国はウクライナとは関係が良く、空母や戦闘機など軍事技術を導入する上で、重要なパートナーでした。
このほか、中国にとって、パキスタン、ミャンマーも地政学的に重要です。マラッカ海峡を経由しなくても、陸路で海に出られるため、資源の輸入や物流のためのシーレーンを確保できるからです。
欧州も対米戦略上、重要な存在です。4月、フランスのマクロン大統領が訪中しました。台湾情勢について、欧州は米中の対立から距離を保つべきという姿勢を示し、批判の声が上がりましたが、このときビジネス代表団が随行し、中国は航空機メーカー、エアバスから大型購入の意向を示しています。欧州は、アメリカと必ずしも利害が一致していないので、中国は、対米カードになると見ています。
私たちは西側の視点で見ているので、中国が孤立しているイメージを抱きやすいですが、地球規模でいえば、なんともいえません。中国はアフリカなど途上国と関係を強化し、重要な資源を押さえています。たとえば電気自動車の電池に不可欠なコバルトの生産地コンゴの鉱山を開発しています。
世界には、インドのようにロシアから兵器を買い、国連でロシアの撤退決議案の採決を棄権しながら、一方で自由や民主主義、法の支配といった基本的価値を共有するクアッドに日米豪とともに参加する国もあります。
グローバル化は、世界を一つにし、目に見えないところでつながっています。ウクライナとロシアはどちらも中国製のドローンを購入していました。イランのドローンにもいろんな国の部品が入っていると言われています。
ロシアにエネルギーを依存していたドイツは、その依存があだとなり、苦しんでいます。ロシアのウクライナ侵攻で、メリットがデメリットに一変しました。中国も同じです。グローバル化のもとで「世界の工場」ともてはやされましたが、いまは、西側に脅威とみなされるようになっています。
このように、世界は複雑系であり、あらゆるものが、網の目のように絡み合っています。グレーゾーンも数多くあり、一筋縄ではいかない状況です。こうした現実を踏まえた上で、有効な対策を講じるしかありません。
神田外語大学教授
1959年、大分県生まれ。九州大学経済学部卒業。三菱商事中国チームを経て、カリフォルニア大学バークレー校大学院修士課程修了、東京外国語大学大学院修士課程修了。外務省専門調査員(香港総領事館)、外務省国際情報局分析第2課専門分析員、参議院第1特別調査室客員調査員を歴任。主な著書に『一国二制度下の香港』(論創社)、『中国激流--13億のゆくえ』『現代中国―グローバル化のなかで』(ともに岩波新書)、『中国―巨大国家の底流』(文藝春秋)、『中国 目覚めた民衆―習近平体制と日中関係のゆくえ』(NHK出版新書)。