コロナのパンデミックは4年目、ロシアのウクライナ侵攻は2年目に突入し、思いもかけなかった激動の時代にあっても私たちのくらしは続いています。このような時こそ共通点や違いを理解しながら世界と日本のエネルギーについて学びたいと、テレビでもおなじみの門倉貴史(エコノミスト/BRICs経済研究所代表)による講演と質疑応答が行われました。
21世紀はVUCA(ブーカ)の時代と指摘されています。VUCAとはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつなげた造語で、「先行きが不透明で予測が困難な状況」という意味です。VUCAの時代には長期や中長期、さらに短期の計画も難しくなるため、企業経営ではビジネスモデルの見直しが迫られています。一方、個人の視点では万が一に備えて資産形成の重要性が高まってきていると思います。VUCAの典型的な事例として米国同時多発テロ(2001年9月11日)、リーマン・ショック(2008年9月)、東日本大震災(2011年3月11日)、新型コロナウイルス感染症(2020年〜)、ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月〜)が挙げられます。
このうち新型コロナウイルス感染症の世界・日本経済への影響を見ると、コロナ禍が始まった2020年には各国の実質GDP成長率は軒並み大幅なマイナス成長を記録し、世界平均:マイナス3.2%でした。世界全体でマイナス成長となったのは1929年大恐慌以降のことで、世界経済に深刻なダメージを与えた証左になります。2021年になると有効なワクチンが開発され、経済はV字回復を遂げるであろうと楽観的な見方が大勢を占めていましたが、ワクチン普及が遅れ、人々の生活様式も一変したため、2021年:6.0%、2022年:3%と緩やかなU字型の回復にとどまりました。2022年後半以降は新興国にもワクチンが普及し、経口治療薬もできたため、今後は経済の正常化が進むと考えられます。
しかし雇用環境は遅れて回復する特徴があり、2023年度中は厳しい状況が続くと見ています。コロナ関連の企業倒産件数は全国で累計6,621件(2023年9月11日まで:帝国データバンク)、2021年は2020年の2倍となり、現在も増え続けています。コロナ関連の解雇・雇い止めも14万4,531人(2023年3月31日時点:厚生労働省)、雇用調整助成金などで低く抑えられていた日本の失業率も今年7月:2.7%→2023年度末:4.2%へ上昇する見込みです。今までキャバクラなど夜のビジネスは景気の影響を受けづらいとされてきましたが、コロナ禍では大打撃を受けて失業率が30〜40%と上がり、雇用の受け皿になり得ませんでした。
これから先の世界・日本経済を見ていくうえで一番のリスク要因はロシアのウクライナ侵攻で、長期化の様相を呈しています。主要国はロシアへの経済制裁を強化し、ロシアは世界市場から締め出されたため、ロシアの主要3品(原油、天然ガス、小麦)の需給がひっ迫し、価格高騰を引き起こしています。日本はエネルギー資源と穀物資源の大半を輸入に頼っているため、物価上昇につながっています。さらに最近では外国為替市場で円安が進み、円に換算する輸入物価が押し上げられ、物価上昇に拍車がかかっています。最近の円安の要因は「日米の金融政策が逆方向」です。アメリカはインフレで金融引き締め政策をとって金利が上がっていますが、日本はデフレで金融緩和政策をとり続けて金利が上がっていません。すると「長期金利の金利差が拡大」し、投資家に金利の高いドルが買われて円安ドル高が進みます。恐らく「2023年中は円安トレンド」で、賃上げを上回るペースで物価が上がっていく可能性が高いと見ています。円安がいつまで続くかはアメリカの金融政策次第かと思います。アメリカの物価は落ち着きを取り戻してきたものの、年内は金融引き締め政策をとり続けるでしょう。年末から来年にかけて景気が後退局面に入ったところで金融緩和に舵取りを変えると日米の金利差が縮むため、来年は円高になるのではと考えています。
次に、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻が及ぼすエネルギー価格への影響について、「原油価格の推移」(グラフ参照)で確認します。2020年はコロナ禍で経済活動が停滞してエネルギー供給過剰となり、原油価格は大きく落ち込みました。2021年後半から先進国を主体に経済活動が活発化し、原油価格も回復するようになりました。2022年にはロシアのウクライナ侵攻により供給不安が高まり、原油価格は高騰しました。2022年後半からは主要国がインフレに直面し、金融引き締め政策により需要が押さえ込まれ、足元では原油価格は落ちてきているものの、産油国が供給量を落としたため需給バランスがひっ迫した状態になっています。今後もしばらく原油価格は高止まって推移していくのではないかと見ています。また、「世界の原油消費量の推移」(1965〜2020年)も右肩上がりです。原油の供給量は限界量があるため、原油の需要が増えると需給バランスがひっ迫して原油価格は上がっていきます。
先進国は脱炭素化で原油の需要は頭打ちになってきていますが、中国やインドなどの新興国では原油の消費量がどんどん増えています。新興国は中長期でも成長を続けていく可能性が高く、原油の需要の拡大をもたらし、価格が上がっていくのではないかと思います。一方、化石燃料は地球環境から見ると今後も使い続けていくのは難しく、世界各国がエネルギー政策を大きく転換しています。
【アメリカ】シェール革命によって2018年に世界一の産油国となった。シェール燃料は2000年代の技術革新によって掘削できるようになり、価格が安いため、トランプ政権では化石燃料の消費を増やして将来的には輸出する戦略を描いていた。しかし2021年バイデン政権に交代し、エネルギー政策を180度転換。「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロ」を目指し、中間目標として「2035年に電力部門のCO2の排出量ゼロ」、クリーンエネルギーのインフラなどに4年間で2兆ドルを投資する政策を打ち出している。
【中国】地球温暖化の責任は先進国の工業化にあると、脱炭素化には消極的だったが、国内で石炭火力発電が増えて大気汚染問題が深刻化したことで、「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」目標を打ち出した。再生可能エネルギーと原子力発電を増やす計画を立て、稼働中の原子力発電所の数は2018年に日本を上回り、今やアメリカ、フランスに次ぐ世界3位となっている。さらに建設計画では2030年に世界1位の原子力大国になる可能性が高い。
【フランス】発電量の7割を原子力に依存。
【イギリス、オランダ】ロシアから天然ガスの供給が途絶え、脱炭素化を進めるために再生可能エネルギーだけでは難しいと、原子力推進の政策に転換。
【ドイツ、イタリア、オーストリア】ドイツは風力発電、イタリアとオーストリアは水力発電を増やし、再生可能エネルギーだけで脱炭素化を実現する計画。
世界の平均気温は100年あたり約0.73℃、日本の平均気温は約1.26℃のペースで上昇しています。このままでは2050年には猛暑が10月中旬まで続き、京都の紅葉の見頃はクリスマスの時期になると予測されています(気象庁資料)。また、地球温暖化は世界の食料生産にも悪影響を及ぼします。気温が現在より3℃上昇すると日本のコメの収穫量が大幅に減少し、ミカンの安定生産も困難になると予測されています(農林水産省資料)。IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の試算によると、干ばつが頻発し、2050年には穀物価格が最大23%上がる恐れがあります。
コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻による原材料価格と光熱費の高騰、さらに円安により、食品・飲料メーカーが昨年ぐらいから値上げし始め、価格競争が激しい食品スーパーでも値上げをするようになりました。多くの家庭で物価高を感じ、節約意識を強める状況になっています。電気料金(グラフ参照)は2012年以降、上がってきていました。2011年東日本大震災後に原子力発電が停止して火力発電に頼り、LNGの輸入金額が膨らんだためです。しかも2012年からアベノミクスが始まって円安になったので、さらに輸入金額が膨らみました。政府は物価高対策で電気代・ガス代・ガソリン代に補助金を出し、2023年1〜9月の光熱費は1世帯あたり4万5,000円減となりましたが、まだ物価高は続いているので10月以降も補助は継続されるとのことです。
中長期で考えると、資産形成の重要性が高まってきます。日本の平均寿命は延び続けているからです。1950年:男性58歳、女性61.5歳にとどまっていましたが、2022年:男性81.05歳、女性87.09歳、さらに2065年:男性84.95歳、女性91.35歳まで延びると予測されています。これからは元気で長生きをするリスクも考える必要があり、定年退職後の老後の生活費をいかに捻出していくかが課題になります。総務庁の家計調査によると、高齢夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)無職世帯の1カ月の収支(2020年)は支出:25万9,304円、収入:23万8,920円で、毎月2万384円の赤字が発生しています。これを前提に仮に60歳で退職し、寿命が90歳と想定して「老後のためにいくら必要か?」逆算すると、60〜65歳(無年金期間の生活費):25万9,304円×12カ月×5年=1,556万円、65〜90歳(年金では足りない生活費):2万384円×12カ月×25年=612万円が必要になります。さらに、もしもの時の備え(介護・病気)を仮に500万円計上すると、60歳時点で必要な貯金額は合計2,668万円となります。また、今の現役世代のアンケート調査を踏まえ、「ゆとりある老後のためにいくら必要か?」試算すると、合計6,508万円まで上がってしまいます。さらに今後は日本の財政悪化に伴って年金が減額され、医療費・介護給付費の自己負担割合も高まっていく確率が高く、現役時代から貯金を多めに増やしていく必要性があります。
国民1人あたりの医療費(2019年度)は75歳未満:22万6,000円ですが、75歳以上:95万2,000円と4.2倍に膨らんでいます。一方、医療費の自己負担率のベースラインは、69歳まで:3割負担、70〜74歳:2割負担、75歳以上:1割負担で、医療費がかかる年齢になるほど下がっていくため、今後少子高齢化で国民医療費の増大が懸念されます。年次推移を見ると1985年度:16兆円→2021年度:44.2兆円、厚生労働省の予測では2030年度:62兆円まで膨らみます。また、介護保険は「2025年度問題」が迫っています。2025年には団塊世代が、介護保険料が膨らむと言われる75歳を迎え、制度の破綻が懸念されています。国民健康保険や介護保険を維持するためには、保険料や自己負担率の引き上げが避けられなくなります。
老後の生活を楽しむため定年退職までに資産をつくり、退職後も安定した収入を確保するには、①徹底した節約②本業の収入をアップ③副業・起業④投資による資産運用をご提案します。節約とダイエットを両立する「ホンマでっか」な方法をご紹介すると、シドニー大学の研究では、寒い日に暖房を10〜15分オフにして震え続けると体脂肪が燃焼して1時間のエクササイズと同じ効果があるそうです。また最近では大手でも副業を認める企業が増えてきました。誰にでもできる副業として、砂金採り、結婚式の代理出席、流木拾いがオススメです。投資による資産運用を考える時、念頭に置いていただきたいのは、今後日本はデフレからインフレの時代に突入する可能性が高く、お金の価値がモノやサービスに比べて下がってしまうので、預貯金や債券だけに頼るのは得策ではありません。ご自身がリスクのとれる範囲で株式、不動産、金など、さまざまな金融商品に分散投資&中長期運用することが重要になります。
こうした分散投資の考え方は日本のエネルギー政策にもそのまま当てはまります。「石油・石炭・LNG」「再生可能エネルギー」「原子力発電」のうち、日本は化石燃料に頼ったエネルギー政策を行ってきましたが、これだけに頼ると電気料金が上がり、地球温暖化につながり、安定供給が脅かされる恐れもあり、リスクが大きいと言えます。また、脱炭素化のために再生可能エネルギーだけに頼るのも天候リスクや「賦課金」の問題もあります。再生可能エネルギー普及のため、電力会社が電力を買い取ってコストの一部を消費者に負担してもらうのが「賦課金」ですが、標準世帯で2012年度:66円/月→2022年度:1,035円/月まで上がっています。ドイツでは「賦課金」を導入した結果、世界一高い電気料金になったため2022年以降は廃止して補助金を出すしくみになりましたが、国民の負担には変わりありません。エネルギー政策は①電気料金②安定供給③地球温暖化対策を考え、さまざまな電源を組み合わせてエネルギーミックスを構築してくことが重要になります。
最後に、日本の「グリーントランスフォーメーション(GX)」政策についてご説明します。元は菅政権の2021年に打ち出され、「2050年までにカーボンニュートラルを実現」、中間目標として「2030年の温室効果ガス削減目標:2013年対比で46%減少」を目指しています。GXは「地球温暖化への対応を成長の制約やコストとして捉えるのではなく、技術革新や投資の増加など成長機会として捉える」ことが前向きで新しい考え方と言われ、2030年:90兆円、2050年:150兆円の経済効果が期待されます。岸田政権になり、「10年間で20兆円規模の政府支援を実施」、「必要資金の確保にGX経済移行債を活用」、「今後10年間に官民併せて150兆円超の投資を実現」する構想が打ち出されました。GXを進めると電源構成は、2020年:化石燃料による火力発電74.9%、再生可能エネルギー20.8%、原子力発電4.3%→2050年:再生可能エネルギー50〜60%、水力・アンモニア発電10%、原子力発電+CO2回収前提の火力発電30〜40%になっていきます。GXで重要なのがCO2排出量の多い自動車を電動車*に代えることで、2030年代半ばまでに新車販売台数の全てを電動車にする目標です。普及のカギを握るのは価格で、アンケート調査ではドライバーの約70%が約200万円なら買い替えてもよいと答えましたが、現在電動車は平均400万円なので、政府が補助金を出して負担を引き下げることが重要になってくるかと思います。
*電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)、ハイブリッド車(HV)
Q:グラフを見ると、なぜアメリカは原油の消費量が多いのか?
A:アメリカは自動車社会なのでガソリンの消費量が多い。ただしデータで見ると近年は頭打ちになっていて、今後国内で原油の消費量が増えていく状況ではない。逆に中国は現在工業化やモータリゼーションが進むに伴い、急速に原油の消費量が増えていて、手元のデータでは2020年までしかないが、2022年には世界一の原油消費国になったのではないか。
Q:日本は失業率が上昇している一方で、人手が足りず東南アジアから雇い入れている。矛盾しているのでは?
A:業種によって人手が余ったり足りなかったり、雇う側と働く側でミスマッチが生じているので失業率が上がってしまう。足りない部分は外国人労働力を積極的に活用しようとしている。今までは専門的な技術を持った方が多かったが、最近では管理職など一般的な職種に間口を広げている。
エコノミスト/BRICs経済研究所代表
1971年神奈川県生まれ。95年慶応義塾大学経済学部卒業、同年銀行系シンクタンク入社。
99年日本経済研究センター出向、2000年シンガポールの東南アジア研究所出向。02年から05年まで生保系シンクタンク経済調査部主任エコノミストを経て、現在はBRICs経済研究所代表。同研究所の活動と併せて、フジテレビ「ホンマでっか!?TV」、TBS「サタデープラス」、読売テレビ「クギズケ!」など各種メディアにも出演中。また、雑誌・WEBでの連載や各種の講演も多数行っている。『図説BRICs経済』(日本経済新聞社)、『増税なしで財政再建するたった一つの方法』(角川書店)、『不倫経済学』(KKベストセラーズ) 、『オトナの経済学』(PHP研究所)、『お父さんのための裏ハローワーク』(方丈社)、『日本の「地下経済」最新白書』(SB新書)など著作多数。